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近年になり、子供たちの暴力事件、凶悪な犯罪が注目を集めています。
モノのない時代を生きてきた多くの大人たちは、自分達が憧れ、獲得してきた豊かさと平和を十分に享受しているはずの子供が、これ以上何に不満や不安を抱えているのか理解できない、ということもあるかもしれません。
大人達が経験した欠乏感と、今の子供たちの苦しむそれとは本質的にまったく違っています。
戦後、今のお年寄りの方々は、カネやモノに対する飢えを味わってきました。しかし今の子供が飢えているのは、もちろんそういうものではありません。それは、「生きる意味」への飢えではないでしょうか。
学校へいく意味、進学する意味、就職してお金を稼ぐことの意味……これらを子供が求めながら、見出せずにいても、大人はそれに気付かないか、気付いても応えてやることはできないのです。
そしてそのわけは、実は大人も、憧れ求めた末にたどり着いた、「豊かな」経済大国日本にいながら、どこか満たされていない思いを抱えているからではないでしょうか。
今日の子供たちの「常識ではかることができない」数々の事件や問題は、大人達が日々なんとなく感じている今の「豊かさ」への不満足感と、根は同じであるように思われます。
今子供をめぐる問題が噴出しているのは、戦後日本が追い求めてきた「豊かさ」が、本当の豊かさだったのか、という問題に帰着するのではないでしょうか。
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