ストロベリーモルツ(ヌ駅別£"?総監行別ン)は、母の大好物
だった。この飲み物を手に、両親の家にぶらりと立ち寄って母を驚か
すのは、いつもわくわくするような楽しみだった。
もっと後になって、父と母が高齢者向けのライフケア・センターに
住むようになってからも、僕のこの習慣はずっと続いた。
母がアルツハイマi症にかかると、父はそのストレスのためもあつて身体をこわし、母の世話を続けられなくなってしまった。
二人は別々の部屋に住むようになったが、それでもできるだけ一緒に過ごしていた。
銀髪の恋人たちは、手に手をとってセンターの中を歩き回り、友人たちを訪ね、優しい声をかけて回った。
二人は、センターきっての「ロマンチック・カップル」だった。
母の症状がいよいよ進んできたとき、僕は母に感謝を込めて手紙を書いた。生意気ざかりに母を困らせたことを謝り、こんなに素晴らしい母親の息子であることを誇りに思っていると書いた。長いこと言いたかったのに、素直に言えずにいたことを書きつづった。母がもう言葉にこめた愛情など読みとれなくなってしまったかもしれない頃になって。」
それは、母に対する愛情をこまごまと語り尽くした手紙だった。あとから父が教えてくれたのだが、母はその手紙をたびたび取り出しては、長い時間をかけて読み返していたそうだ。
悲しいことに、母はそのうち僕のことがわからなくなってしまった。
「ええと、どなただったかしら?」としばしば聞くようになった。僕は胸を張って、「ラリーですよ、母さんの息子ですよ」と答える。すると、母はほほえみ、手を伸ばして僕の手を取るのだ。あの特別な感触を、あと一度でいいから味わえたらと思う。
ある日僕は店に寄って、父と母にストロベリーモルツを一杯ずつ買うと、まず母の部屋を訪ねた。改めて自己紹介して数分間おしゃべりした後、父にもモルツをもっていった。
母の部屋に戻ると、飲み物はほとんどなくなっていた。母はベッドに横たわって休んでいたが、眠ってはいなかった。僕が部屋に入って
きたのを見て、にっこりした。
僕は何も言わずに椅子をベッドに引き寄せ、腰かけると母の手を握った。こうして母とつながっているのは、何とも言えない感覚だった。
僕は沈黙のなかで、母への愛情をひしひしと感じた。そしてまた、言葉のない世界で、親子のかけがえのない愛が行き交う不思議を感じた。
母には、手を握りあっているのが誰なのかわからなかったかもしれない。それでもよかった。それとも、わかっていたのだろうか?
そうして一〇分もたっただろうか。母が僕の手を軽く握りしめるのを感じた。……一回、二回、三回。それは一瞬のことだったが、母が言いたかったことが、僕には即座にわかった。
愛の奇跡が起こったのだ。
僕には信じられなかった。母はもうかってのように、胸の奥の思いを言葉にすることはできなかったが、もはや言葉は必要なかった。ほんのつかのまだったが、むかしのままの母がよみがえったのだ。
ずっとむかし、まだ父と母が恋人だった時代のことだ。母は教会で座っているとき、父に「愛しているわ」と伝えるためのとっておきの方法として、父の手を三回握りしめることを考え出した。父は、これ
に母の手を二回握り返すことで「僕も愛しているよ」と答えていたのだ。
僕は母の手をやさしく二回握り返した。すると、母は振り返ってにっこりとほほえんだ。そのときの愛らしい笑顔を、僕は一生忘れない
だろう。その顔は愛情に光り輝いていた。
僕は今でも、父や家族や数多くの友人たちに対して、母がどんなにこまやかな愛情を示してくれたかを覚えている。母の愛は僕の中に深く根をおろし、大きな力となり続けているのだ。
そのときだった。ふいに母がこちらを向くと、静かにこう言った。
「愛してくれる人がいるって、素晴らしいことね」
涙があふれてきた。僕は思いを込めてやさしく母を抱きしめ、どんなに愛しているかを伝え、母と別れた。
それからまもなくして、母はこの世を去った。
ほとんど話らしい話もしなかったあの日、母が口にしたあの言葉は、
今も耳に残っている。僕は、あの日の一瞬一瞬の思い出をいつまでも
大切に胸にしまっておきたい。
ラリ−・ジェームズ