祖父と妹
「おじいさん、感謝祭にはおいでよ!」
祖父が来ないのはわかっていた。
ほこりのたまったキッチンの窓からかすかに差し込む光の中で、祖父は身体をこわばらせて座っていた。その太い腕は粗末なテーブルの上に置かれ、目は壁をじっと見つめている。僕のことなど目に入らないかのようだ。
祖父はむかしかたぎのイタリア人だった。ぶっきらぼうで気難しく、
過去の辛い思い出をあれこれ、長いあいだ抱え込んでいた。そして不
機嫌なときは、返事代わりに「う一む」とうなる。今の僕の誘いにも
「う一む」と応じただけ、つまり「ノー」を意味していた。
「おねがい、おじいちゃん」
六歳になる妹のキャリーがしきりに頼んだ。
「私、おじいちゃんに来てほしいの」
妹は僕より二一歳も年下で、遅く加わった家族の一員だった。
「私、おじいちゃんの大好きなクッキー、特別に作ってあげるから。
ママが作り方を教えてくれるんだって!」
「ねえ、ほかでもない感謝祭だよ」と僕も言った。
「このまえ僕たちと一緒にごちそうを食べてから、もう四年にもなるんだよ。そろそろ、気持ちを切り替えてもいい頃じゃない?」
祖父は僕をじろりと見た。ここ何年も家族みんなが、その刺すような青い目に脅えてきた。怖くなかったのは僕だけだった。僕には、何となく祖父の気持ちがわかるからだった。自分でもあまり認めたくないことだが、二人とも素直に自分を出すのが苦手なために、寂しい思いをしてきたからかもしれない。理由はどうあれ、私には祖父の心の内がわかったのだ。
男たちは、まだ物心もつかないうちに渡される不幸な「贈り物」、
つまり見当ちがいの「男らしさ」のせいでどんなに辛い思いをしてきたことだろう。
僕たちは二人ともやるせない気持ちでいながら、表面はかたくなになっていった。お互いにすぐそばにいるというのに、実は何光年もの距離を離れているのと同じだったかもしれない。
妹のキャリーはなんとか祖父を説得しようと、まだ話しかけていた。
そんなことをしてもむだだということが、幼い妹にはわからなかった。
僕は立ち上がり窓のほうに歩いていくと、裏庭に目を注いだ。雑草とつたがいたる所にはびこりすっかり荒れた花壇が、冬の薄日を通し
て淡いねずみ色にけぶって見えた。
むかし、祖父は花壇のこととなると素晴らしい仕事をしたものだ。
たぶん、自分の心を手入れするのが下手だから、代わりに裏庭の花壇を大事にしていたのだろう。だが、祖母が亡くなると庭仕事もやめてしまい、もっと自分の内に閉じこもるようになった。
窓から部屋の中へ目を移すと、濃くなりつつある夕闇の中で、祖父はいっそうふさぎこんでいるようだった。
僕は、その姿をじっと見つめた。とがった顎からも、荒れたぶ厚い手からも、祖父の生涯が絶え間ない修練の連続であったことがうかがえる。一三歳になる頃にはもう仕事に出ていたし、恐慌の頃は失業という屈辱を味わい、トレントン採石場では何十年にもわたって肉体労働をしてきたのだ。祖父の人生はまったく厳しいものだった。
僕は祖父のほおにキスをした。
「そろそろ、行かなくちゃ。もし感謝祭に来てくれるなら、迎えに来るからね」
祖父はそれでも、石のように身動きひとつしない。パイプを口にくわえたまま、前をまっすぐ見つめているだけだった。
それから数日がたった。
妹のキャリーが僕に祖父の住所を尋ねた。
「どうしてP」と僕が聞き返すと、青い封筒に入れる手紙をきちんと折りながら妹は答えた。
「おじいちゃんに、プレゼントを送ってあげるの。私が作ったのよ」
妹が書き取れるように、僕はゆっくり住所を言った。ひとつひとつ
の文字を丸くていねいに書いていた妹は、それが終わると鉛筆を置い
た。そして、きっぱりとした口調で言った。
「この手紙は自分で出したいの。郵便局まで連れていってくれるり.」
「後でいいだろう?」
「ううん、今でなくちゃダメなのよ。おねがい」
僕たちはすぐに出かけた。
感謝祭の日になった。
遅くまで寝ていた僕は、パスタソースのいい匂いで目が覚めた。今夜のごちそうはラビオリと、七面鳥と、ブロッコリーと、スイートポ
テトと、クランベリーソース。それは、イタリアとアメリカの伝統的な料理を組み合わせたものだった。
「キャリー、テーブルに座るのは四人だけよ」と母が妹に言うのが、キッチンに入っていった僕に聞こえた。
キャリーは首を横に振りながら言った。
「いいえ、ママ。五人よ。だっておじいちゃんが来るんですもの」
「何を言っているの」と母が答えた。
「かならず来るわ」と妹は言いきった。
「私にはわかっているの」
「キャリー、いい加減にしろよ。おじいちゃんは来ないって、お前に
もわかっているじゃないか」と僕も言った。妹ががっかりして、感謝
祭が台なしになるのはいやだったのだ。
ほう
「ジョン、放っておきなさい」。母は僕にそう言うと、キャリーのほ
うを見た。「もう一枚、お皿を並べるといいわ」
居間にいた父がやってきて、キッチンの入り口に立った。ポケット
に手を入れたまま、キャリーがお皿を並べる様子を見つめている。 |