誰が言い出したんだろう?僕は長年、ランドルフのせいにしよう
としてきた{も、正直なところ、誰があの決定的な言葉を言い出し
たのかわからない。ただあの言葉が、僕たちみんなの音義のどこかに
ひそんでいた、残虐な心を呼び覚ましたことだけは確かだった。
そう・誰が言ったかは問題ではないのだ。なぜなら、あの一一一一。葉を聞
いたとき・みんながわあっと応じたのだから。それこそ、僕たち全員
が同じことを考えていたことの証拠だった。
「僕はあんなこと、本当はしたくなかったんだ」
あれから何年も、自分にこう言い聞かせることで自分を納得させよ
うとしてきた{がある日、あまりありがたくない、しかも言い逃れ
のできない言葉に出くわしてしまった。以来、僕はずっとこの一一一一口葉に
責められ続けることになったのだ。
地獄の一番熱い場所は、重大な選択をせまられたとき、
どっちつかずの立場をとった人間のためにとってある。
当時は週末になると、いつも仲間たちと過ごしていた。毎週金曜日
には学校が終わった後、仲間の誰かの家に集まることになっていたが、
その週は僕の家の番だった。近くの林でキャンプする予定だ。母親た
ちが、僕たち「サファリ隊」のために、ほとんどの支度を整えてくれ
ていた。家の用事が終わってから来るというアンディの分もあった。
僕たちは素早くテントを張った。母親のスカートの陰に隠れなくて
は何もできないことなど忘れてしまった。仲間と一緒にいるうちにす
っかり気が大きくなり、ジャングルに挑む男たちになりきっていた。
仲間が僕に言った。「今日はお前が隊長だから、アンディにあのこ
とを言えよ」
僕が?なぜだ?彼にとって、僕だけはほかの子とちょっと違う
んじゃないかってずっと思ってきたのに。だって、あいつは子犬みた
いな目つきで僕を見るじゃないか。あの大きい無邪気な目が、「好き
だよ、ありがと」って言ってるみたいに感じたことが、何度もあった
じゃないか。
目をつぶると、今でもあの日のアンディの姿がありありと見えてく
る。遅い午後の陽光がわずかに差し込む、暗く長い木々のトンネルの
中を・彼は僕めがけてすっとんできた。木漏れ日が、彼の着古した汚
いトレーナーに刻々と変わる模様を映し出す。
アンディは、静びた女の子用の自転車に乗っていた。車輪にはタイ
ヤ代わりに、水道のホースが針金でくくりつけてある。
彼はいつになく嫁しそうで、はしゃいでいた。普段のあいつは、小
さく残響な身体に似合わず大人びているのに。僕たちの仲間に初めて
メンバーとして迎えられ、「男の子の遊び」に参加させてもらえると
思うと、よっぽど嬉しかったんだろう。
テントのそばに立っていると、アンディは手を振ってきた。だが僕
は、その嬉しげな合図を無視した。あいつは古くてみっともない自転
車を放り出し、僕のほうに駆けてきた。体中に喜びをみなぎらせ、つ
ぎつぎと話しかけながらやってきた。
仲間たちは、テントの中に身を隠し息をひそめていたが、僕は連中
の応援を背中に感じた。
どうして、あいつは気づかないんだろう?僕が一緒になってはし
ゃいでないのがわからないのかな?いくらなんでも、僕が知らん顔
をしてることくらい気づいてもよさそうなものなのに。
つぎの瞬間、彼は気づいた!いつもの無邪気な顔がますます無邪
気になったかと思うと、いたいたしいほどもろく見えた。そして、身
体全体でこう言っているみたいだった。「まずいことになりそうだね、
ベン。でも、いいさ」と。
きっと、こんな落胆の場面には慣れっこなんだろう。彼は身構えも
しなかった。アンディは一度だって反撃したことはなかったから。
そのとき、こう言っている自分の声に僕は驚いた。
「アンデイ、君は来るなよ」
みるみるうちに、アンディの両目が涙でいっぱいになった。このと
きの光景が、今でもありありとよみがえってくる。そのはずだ。その
後何百回となく、僕の頭の中のスクリーンに映し出され、僕をたまら
ない気持ちにさせることになったのだから。
そのときアンディが僕を見た目。その目は、永遠に僕のまぶたに焼
きついてしまった。あの目はいったい何を表していたんだろう?憎
あわ
しみではなかった。ショックか?不信感か?それとも憐れみか?
ゆる
それも僕に対する……。いや、赦しだったのかもしれない。
そして、くちびるが小刻みに震えたかと思うと、アンディはくるり
と向きを変え、家路への暗く長い道へたったひとり飛び出していって
しまった。抗議もせず、理由も聞かずに。
テントに戻ると、その場の重苦しい雰囲気をまるで感じてないやつ
が、あのはやし歌を歌い始めた。
アンディ・ドレイクはケーキが食べられない
アンディの妹はパイが食べられない…………
ふいに、僕たちはみんな同じ気持ちになった。話し合って決めたわ
けではない。でも僕らは、自分たちが何かいけないこと、おそろしく
残酷なことをしてしまったことを感じとった。
しばらくすると、いっか聞いた教訓や説教の数々がよみがえってき
て、僕らをうちのめした。あの聖書の言葉が、初めて心に届いた。
「もっとも小さい者にしたのは、私自身にしたのと同じことです」
重苦しい沈黙のなかで、僕らはひとつの新しい、だが厳然たる事実
を認めざるをえなかった。神が自分の姿になぞらえて造ったひとりの
人間を、めちゃめちゃにしてしまったということだ。それも、拒絶と
いう、相手にとっては抵抗できない武器を使って。僕らには言いわけ
の余地はなかった。
アンディは学校へあまり来なくなった。そしてある日、彼が永久に
去っていったことを悟った。
何日も何日も、苦しい気持ちで、アンディにどう言ったらいいかを
考えあぐねていたのに。心の底から、どんなに自分が恥ずかしく、す
まないと思ってきたかを。そして、今もその気持ちは変わらない。
もしアンディとじっと抱き合い、ともに泣き、そのまま何も言わず
に気持ちを分かち合うことができたら、それだけでよかったんじゃな
いか。それで、僕たちのどちらもが癒されただろうに。
その後アンディに二度と会うことはなかった。彼がどこへ行ったか、
今どこにいるか、生きているかもわからなかった。でも、アンディに
二度と会わなかったというのは、ある意味では正しくない。あのアー
カンソーの森で過ごした秋の日から数十年のあいだ、僕は何人ものア
ンディ・ドレイクに会っているのだ。
弱い立場にある人々に出会うたび、その顔にアンディの顔を重ねて
しまうのは、僕の良心のせいなのか。
そのひとりひとりが、あの忘れられない目をして、僕を見つめ返し
てくる。そう、あの遠い日に僕のまぶたに焼きついた、あの何かを求
めるような目をして……。
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